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2009年02月

ちょっと何か「変」?・・・それとも「偏」?

先日の「うつ」という言葉の独り歩きがもたらす二次災害というテーマで書きましたが、あるカウンセラーの方から、
「早速、全く同じパターンの方が出て、そのカウンセリングがたいへんでした・・・・まさに危機一髪・・・」
・・・そんな内容のメールをいただきました。

そのカウンセラーの方のクライアントさんも、「うつ」の症状をネットで検索し、
あてはまる症状があり、「ある」と思うことにより、コンディションを悪くされたそうです。

本当に危ういところだったそうです・・・生命の危険に発展するぐるいに・・・
幸い今回は処置が早かったので救えました・・・とのことでした。

・・・よかったです・・本当に。

偶然というより必然のタイミングでのブログのテーマだったかもしれません。

こんなことがあるので、自分が「必要」とひらめいたことを書くことが大事なんですよねー・・・

あらためてそう感じました。

これからも自然に感じたことを感じたまま思ったことを思ったまま書いていきたいと思います。


話が逸れましたが・・・元に戻しますと、

やはり、「人災」というべき二次災害が起こっています。


「テレビを見る時は、部屋を明るくして、近づきすぎないようにして見ましょう」

子供向けアニメ番組ではこのようなテロップが流れます。


「テレビやネットを見る時は、気持ちを明るくして(コンディションがいい時に)
 近づきすぎないように(深入りしすぎたり、真に受けすぎたりしないように)して見ましょう」

・・・こんなテロップが必要な気がします。(笑)



世の中ちょっと変?

私は「偏」(かたよる意味)になっている感じます。

偏見・偏屈・偏食・偏執・・・などの偏った「偏」になっていると感じます。

さらに意図的(作為的)に「偏」を作る傾向にあると思います。

・・・これがとても厄介です・・・

少し前に「あおられる」ということについても少し触れました。

この意図的(作為的)な「偏」に左右されない、影響を受けないことはたいへん難しいことかもしれません。

それぐらい巧妙に仕掛けられているなーと感じることが多々あります。


しかし、できるだけ、「偏」に影響を受けない自分を作り、バランス感覚を養い磨きながら、自分を表現していきたいものです。


「偏」ではなく、いい意味で「変わる」(チェンジ)の「変」・・・「変化する」の「変」であってほしいと願います。

「試練」のひとつの意味は正そうとする力 

「派遣切りにあった人と接する機会があります。確かに不幸なことでなんとかしてあげたいと思うのですが、その人のそれまでの考え方はとにかく楽をしようとする生き方で、新たにパソコンのスキルを上げようとか・・そんな意識を全く持たない人なんです・・・。」このようなお話を耳にしました。

注意する点として、「派遣切りにあった人」と全ての人を一括(くく)りにしてはいけないと思います。

 それぞれの人によって境遇や環境、価値観や考え方が違いますので、本来は一人一人聞いてみないとわからないということになると思います。

先のケースは、このような方だった・・・ということです。


私も、高校生を前にして、ニートやフリーター、派遣、職業観などについてお話する機会があります。

 以前は、中には、「フリーター」の先輩に憧れて、自分も先輩みたいに「フリーター」になります・・・とか、自分の好きなことをしたいので、派遣の仕事をします・・・という声を聞いたことがあります。

「フリーターや派遣」を美化する社会風潮やビジネス的なしかけに踊らされているのではないかと思えるような場面も多々ありました。

しかし、今就職活動をしている学生の方が求めているのは、「正社員」「長く(定年まで)働ける会社」・・・こういうキーワードだそうです。

「終身雇用」とか「永久就職」とか「ひとつの会社で長く働く」・・・そんな価値観は「古い」という扱いをされていたかと思いきや・・・

あきらかに価値観が変わってきています。

実際にそのように意識が大きく変わってきていることを身近に感じます。

「不況」や「リストラ」「派遣切り」などの現実をこれでもかと見せつけられ、このような大きな「試練」を経験することによって、価値観が大きく変わっていくのが分かります。

まるで何か間違ったことを正そうとする力が働いているかのように変化していることに気付きます。

「試練」には、何かを正そうとする意味があると感じます。

それが何なのか気付くこと、そして実行することが大切なんだと感じます。

果たしてそれは何なのでしょうか・・・

「本物のチーズはどこへ・・・?」チーズの話

チーズの話

先日のこと、食品関係に10年ぐらいお勤めされていた方とお話しました。
 食品は食品でも輸入チーズを取り扱っていらっしゃったようです。

チーズ好きの私にはたいへん興味深く話を伺うことができました。

 まず、衝撃を受けたのが、私が食べていたチーズ、一枚一枚スライスしてありパンの上の乗せて食べていたチーズ、四角い形や三角の形をしたパックに入っているチーズ・・・・
 その話をしたら「それはチーズじゃないです」と言われました。

「え〜 どういうことなんですか?」

その方が言うチーズとは、ナチュラルチーズのこと、輸入物であればいいというものではなく、用途に応じたお勧めのチーズがあるとのことでした。

 トーストに乗せたり、グラタンにするには、デンマーク産のモザレラチーズ・マリボー、オランダ産のゴーダー (のびが違うそうです)

 ワインに合うのは、フランス産の ブリードモー 
(名前がちゃんと合っているかは定かではありません・・・)

その他チーズフォンデュにはこの銘柄・・・などなどいろいろ教えていただきまし
た。

チーズは奥が深いんですねー 

 近いうちに是非試してみたいと思います。


お話を聞いていて思ったのが、チーズだと信じていたのがチーズではなかったということ・・・紛らわしい名前や表示のため思い込んでいたということ。


このことはいろんな場面に当てはまるなーと感じました。


「本物のチーズはどこへ・・・?」(笑)


コーチングとコーチング風、カウンセリングとカウンセリング風、心理学と心理学風・・・・
これらは全く違うと思います。

 私が目指すものは、チーズで言うなら本物のナチュラルチーズ、そのためには成分が本物でないといけないと思っています。

目的はひとつ、食べたら本当においしいチーズ。

そのためにいろんな成分を、味をより引き立てるためにブレンドしていくという考えです。

「全てはその方のために・・・」「目の前のその人に良くなってほしい・・・」
・・・こんな思いの原点があるので、正しい本物の成分を吟味した心理学をブレンド(応用)しています。

ただただレシピを組み合わせたらいいというものではありません。


花畑牧場の田中義剛氏はあの大ヒット「生キャラメル」のレシピを惜しげもなく公開しています。

これなど、いい例で、ただただレシピを組み合わせてもできるものではないということを物語っています。

多くの失敗や苦難、経験と体験を通じて出来上がったものです。

ですから、誰にも真似ができないのです。

 
 
チーズの話から飛躍しましたが、

これからも本物のチーズを求めていきたいと思います。


全ては○○○のために・・・

「コーチングの秘訣って何ですか?」こんな質問がありました。


「コーチングの秘訣ってなんですか?」

こんな質問がありました。

 答えは「 一概には言えません・・・」ということになります。

・・・・正直に答えすぎましたでしょうか?・・(笑)

しかし、それが事実なんです。


どのような場面で何を目的とした場合のコーチングなのかが分からないと具体的な秘訣というものが出てきません・・・。

「コーチングの秘訣は?」と聞かれて、もっともらしいこと、例えば「いち早く相手とのラポール(信頼関係)を築くこと」・・・こんな風に言いたいところです。

しかし、コーチングにも、その求めるもの(レベル)があります。

 例えるなら、松―竹―梅 ・・・さらに上の桜レベル または、入門―初級―中級―上級・・さらにその上の上級プロレベル・・・

 自身が求めるものや必要とするものにより変わります。

さらにTPO(その時の状況)によっても変わります。

ですから個人個人で違うということになります。


I式(I−Method)コーチングにおいて、良いコーチの秘訣は?と聞かれますと、
一言で言うなら、「バランス感覚を持つこと」という答えになります。

 自身の成長(5つの要素の黄金バランス)と他人への影響力のバランス
 理論と実践のバランス
 内面的なものと外面的なものとのバランス
 カウンセリング的な要素とコーチング的な要素のバランス 
 過去と未来のバランス 
 潜在的なものと、現実的なものとのバランス
 長所と短所のバランス 
 プライベートと仕事のバランス 
理想と現実のバランス
 自覚と他覚のバランス 
 メリットとデメリットのバランス 

 ・・・その他数多くのバランスから成り立ちます。

その実例として、今、ご希望に応じて、受講生の方の履歴書・職務経歴書の作成方法(相手側から見た場合を想定した文章の表現方法により相手の受け止め方は全く違うものになります)
 をアドバイスしています。

さらには、面接のアドバイスも行っています。(履歴書・職務経歴書と連動させながら、自身の得意分野への質問を誘導する技術など)

 また、業務報告書の書き方のアドバイスもしています。

(受講生の方が成長され、内面的に充実してきますと、今度はより現実的なものへのバランスが必要になります。その現実的なものをサポートしているということです。

現実的なものへの対応ができないと、結果につながりませんし、自信もつきません・・・当然いい習慣が身につきません

そうなると何にもならないということなんです。
・・・・場合によって現実的な環境に馴染めず、また再びカウンセリング(カウンセリング的要素)が必要になることがあります。

マイナス状態のリピーターになっていてはいけませんしプラスの習慣化が必要なんです。
 そういう理由から現実的・具体的なサポートをしています)


※会社から上司の指示があった場合、その文面から、上司の性格、意図するもの、部下への評価などが伝わってきます。

それらを客観的に汲み取って、どういう報告書に仕上げていくのか、その時どういう資料やデータを準備していくのか、想定される質問にも答えられるようにしておきます。

・・・このようなことは会社(上司や先輩など)ではなかなか教えてもらえません。
 なぜなら、教える方に、「計算高い」「策士」「腹の中で何を考えているのかわからない」「人の顔色を伺っている」など他人から悪く思われるリスクがあるからなんです。

例えば、「あの上司の性格はこうだからこう対処した方がいい」とアドバイスしたシーンがあるとします。

そうすると、アドバイスされた方はありがたいと思う反面、この人には気をつけようという警戒感が出てきたりします。

ですから私がサラリーマン時代には、この手のアドバイスはしませんでした。

今の私の立場や、外部の人間であるからこそ、本音のアドバイス、より効果的、実践的、現実的なアドバイスができます。



実践するということは、誰も教えてくれないようなことを身につけて(自分のものにし)TPO(その場の状況)に合わせて、具体的に実行するということになります。

 その結果が実証へとつながります。






 
 

「言葉の独り歩き」や「思い込み」がもたらすマイナス効果について

最近特に、「うつ」について取り上げられるケースが多いと感じます。

テレビでも新聞でも雑誌や書籍でも「うつ・・・うつ・・・うつ・・・」

「うつ」をあおっているのではないかというぐらいこの文字が氾濫しています。


テレビでも強烈なシーンがありました。

東京マラソンのスタートシーンです。

 スタートから10分間・・・道路いっぱいに広がったランナーが途切れるまでの時間がそうです。
 「その数3万人・・・この数は1年間の自殺者に匹敵する数です」

・・・このような解説がありました。

3万人という数をよりリアルに示し、事の大きさを分かりやすくイメージしやすくしたものだと思います。

 たいへんなインパクトがありました。

その前兆となるのが「うつ」の症状としてクローズアップされています。


しかし、そのような状況は今に始まったわけではありません。

「うつ」やその予備群・・・予備群の予備郡・・・さらに予備群・・・

こういうコンディションの方がたくさんいたわけですから・・・


私は、この「うつ」という一言でかたずけてしまうことが好きではありません。


『たまたまコンディションが良くない状態』と捉えています。

「うつ」「うつ」「うつ」とその言葉が独り歩きしますと、自分はうつではないのか
・・・うつに違いない・・・うつに決まっている・・・このように思い込んでしまう危険性があります。


 私が係わっている方からこんな言葉がありました。

「先生・・・私「うつ」じゃないかと思うんです・・・テレビを見ていたら・・・うつ症状に該当する項目がいくつかあって・・・」

・・・テレビを見なければ何も悩むことが無かったことなのですが・・・・


また、連鎖的に症状が出てしまったある会社員さんのケースがありました。

その方の会社の先輩が仕事への責任感と重労働から精神的にコンディションを悪くし、ついには「うつ」と診断され・・・職場の第一線から退いたそうです・・・

 その姿を見ていたこの会社員の方が、少しコンディションを崩した時に、
「自分も先輩と同じではないか・・・きっとそうだ・・・」このように思い込むようになって、さらにコンディションを悪化させたケースがあります。

このように、余計な知識が入ったがための二次災害といえるようなことが起こっています。

 せっかく、自分の気持ちを一生懸命支えていても、「うつ」というこの一言がマイナス方向に大きくイメージを作ってしまいます。

 
話は変わりますが、「肩こり」というのは外国にはないそうです。
日本特有なものだそうです。

「肩こりからくる頭痛・・・」そう言われると妙に納得してしまいます。

次に、たまたま頭痛が起きた時に、この頭痛は肩こりからきてるなー・・と頭痛の原因を肩こりと決めてしまうことがあります。

 たまたま風邪を引いていたり・・・アルコールが原因だったり・・・頭痛にもいろいろな要素があります。

 それを全て「肩こり」が原因と決めてしまいますと何か慢性の症状だと思えたり、症状が重い(治りにくい)と思えたり・・・マイナス方向に気持ちが引っ張られます。

 もし、これが「肩こり」という言葉が存在しなかったら・・・と思うと、

頭痛薬でも飲んで今日は早めに寝よう・・・とか、

仕事で疲れ気味だから温泉(風呂)でも入ってゆっくり体を休めよう・・・とか

楽に解消できるケースがあると思います。



このように言葉の独り歩きや思い込みがもたらすマイナス効果が存在します。


「うつ うつ」と気持ちをあおられないことが大切だと思います。







「今 エネルギーが体から溢れてしかたがないんですよ!」バイオリズムが物語る

「今 エネルギーが体から溢れてしかたがないんですよ!」

ある方の言葉ですが、この方昨年一昨年さらにその前の年と、不幸続きでした。

 自分自身のスランプ、家族との問題、親戚とのあつれき、身内の死・・・などこれでもかこれでもかとこの方を襲ってきました。

約3年間ぐらいこのような状態が続きました。


 しかし、今年に入り絶好調!!
いい出会い・・・仕事の面でもいい話が次々舞い込んできます。

 ご自身を助けてくれる人も現れてきました。

この方の過去について聞ける範囲でお伺いしましたが、4年―6年前はだいたいいいことと悪いことが半々ぐらい・・・7−9年前は比較的いいことがあったと思います・・・。
 
 3年周期で丁度12年ぐらいで1周するような感じになっていました。

これまでいろんな方にヒアリングやインタビューをしましたが、だいたいそのような周期があることに驚かされます。

 要するに、「バイオリズム」というものです。

その、触れ幅(プラス方向とマイナス方向)に個人差があります。

また、月単位、一週間、一日・・・の中でもその触れ幅があります。


 ここで強く意識する必要があることは、今スランプ(不調)の状態でも必ず出口があるということです。

 必ずいい時期が来るということです。

上記の方も、昨年、一昨年、その前の年には、今の自分の姿が全く想像できなかったと思います。

しかし、現実には、「今 エネルギーが体から溢れてしかたがないんですよ!」こういう状態になっています。

必ずそういう好調(絶好調)の「時」がきます。


この方の生き様がまさしくそのことを物語ってくれています。


私が目指しているのは、プラスへ進む時には、よりプラスへプラスへ・・・
マイナスに進む時にはより浅く浅く・・・

よい習慣をつけるとよりプラスへプラスに進みやすくなります。

 意識を変えることによりマイナスだと思うこと(出来事)もプラスに思えるようになっていきます。

気がついてみれば、バイオリズムがプラスのゾーンで上下に振れているような感覚です。

こういうことをより多くの方に体験していただきたいと思っています。


バイオリズムは作られて(決まっていて)いてそのリズムの通り生きるのではなく、

自分自身で作るものだと思います。




「あおられる」ってどういう状態のこと?

あおられた人への対応はたいへんやっかいです。

昨日もその「あおられた」状態の人への対処法のご相談がありました。


まずは、一般的なケースとして、「あおられる」ということはどういうことかを分解していきたいと思います。

テレビのマスコミの取材を見ていたら分かりやすいですねー

小泉さんが○△※□という発言をしていますが、政局への影響は?・・・

麻生さんが○△※□と言われたことに対してどう思われますか?・・・

スポーツやいろんな分野でもこのようなケースが多く見られます。

イチローが「WBCを五輪といっしょにしてほしくない」と発言すれば、

「イチロー 監督に星野認めない 」と話が飛躍し、

その言葉に反応した野村監督が、「それならイチローが監督をやればいい」と発言


・・・イチローはWBCへの意気込みを語っただけで言われるような意図はないというのが実情のようです・・・。


Aさんが○○○と言っています・・・・これをBさんに伝える

その言葉に反応したBさんがコメントした△△△という言葉を今度はAさんに伝える

Aさんは当然感情的になっていきます。

 感情的になったAさんが、思わず口にした言葉○○○をさらにBさんに伝えます・・・・これを聞いたBさんも感情をあらわにしていきます・・・・。


これを、客観的に見ると、間に立つインタビュアーがあきらかに、何かを意図している・・・面白くしよう(問題を大きくしよう)として「あおっている」ということが言えます。



また、身近な人間関係でよく起こる場面が、Aさんに近づこうとか気に入られよう(良く思われよう)とするCさんが、Aさんに対し、BさんがAさんのことをこんな風に言ってましたよ(こんなことしてますよ)・・・・


この後どうなるかは想像がつくと思います。
(Aさんの性格的タイプとその時の環境や状況により変わりますが・・・)

今回の場合は、Aさんが感情的になり、Bさんに対しその感情をあらわにし、「どういうこと!」と詰め寄ったようです・・・。


Bさんは対応に困惑していますが、一度感情に火がついてしまうと、その消化と鎮火に多くの労力と時間がかかります。

最終的には、誤解が解け、AさんとBさんは和解(表面的)・・・矛先はCさんに向けられ、Cさんは信用を失っていきます・・・。

 さらに、解決したと思っているAさん・・・Bさんからの信用を回復するには時間がかかります。

・・・このような展開が予測されますし、事例が多くあります。


仮に、Aさんが、Cさんの言葉を軽く聞き流すことができていれば、全く問題はなかったことです。

 小泉さんが、マスコミのぶらさがり(おっかけや挑発)に対し、何を言われようが終始ニコニコ我介せず(話をしない)・・・こんなシーンを見ると、なかなかやるなー・・・と思って見てしまいます。

この部分に関しては、参考になると思います。

「あー あおってるな」と思ったら その挑発にのらないことが大事ですね。


『あおらない あおられない』このバランスとスタンスが大切だと思います。

人をあおる人は100%いい結果になりませんね・・・

またあおられる人・・・同じことを繰り返してしまいますね・・・これもいいことではないと思います。

 どこかにその原因が潜んでいます。

早く、その原因を退治してほしいものです・・・。

もっと掘り下げると、あおる人が寄ってくるというところに根本的に問題がありそうです。

間に立つ人が「○○さんがAさんのこと すごく信頼していましたよ」・・など。

こういう風に人と人の関係を取り持つことができる人であれば、皆ハッピーです。


「あおらない あおられない」を意識し、実行することが大切だと思います。



「センスが無いと言われました。どうしたらセンスがよくなるのですか?」

「センスが無いと言われました。どうしたらセンスがよくなるのですか?」
今回はこのようなご質問をいただきました。

ご質問をいただくとたいへん答えやすいですね。
 それが身近な問題であったり必要に迫られる問題であったりしますので、見てくださる方にも何らかの刺激や影響になったりします。

仕事のセンス・・・
接客のセンス・・・
人間関係のセンス・・・
ファッションのセンス・・・
色彩感覚のセンス・・・
音楽のセンス・・・
スポーツのセンス・・・
文章のセンス・・・
自動車の運転のセンス・・・
道を覚えるセンス・・・
コーチとしてのセンス・・・
コーディネートのセンス・・・
掃除のセンス・・・
お茶やコーヒーの入れ方のセンス・・・
持ち物のセンス・・・
etc・・・

センスというのは日常のあるゆる場面に繋がっています。
上記の項目をチェックするだけでもあるものとないものがあるというのがわかります。

これが、100個あるとして、今回「センスが無い!」と言われたのははたして何項目でしょうか?

私自身で言えば、おはずかしながら「道を覚える」センスが全くないと思っています。
 若いころには営業車で外回りをするにも本当に苦労しました。

ではどうして克服したかといいますと、人より早く出社し、ゼンリン地図のコピー 
自分用の市内地図を用意し、全体を確認しながらコピーと照らし合わせながら目的地を目指しました。
 さらにその周辺を何度も何度も回り頭にやきつけていきました。
覚えてしまえばこちらのもん・・・。

人が簡単にできることでも、それが自分には難しいことは幾つもあると思います。

その逆に自分が持っているセンスを人がやろうとしても難しいことが幾つもあります。

ですから、まずは、その指摘されたセンスが必要か必要でないかの判断

 そして必要であれば、どの程度必要なのかの判断

この判断を客観的に行うことが大事だと思います。

もっと大事なのは、自分の持っているセンスをさらに磨くことだと思います。

ただ、この場合、自覚している場合と、していない場合、

他覚されている場合とされていない場合があります。

表面的なセンスをよくするということであれば、

例えば、ファッションセンスをよくしたい場合、ファッションセンスがいいなと思える人を決めて、その人の真似をする・・・徹底して真似をする・・・そのうち感覚がつかめてくるということがあります。

 しかし、選ぶ人を間違ってしまうことがあります。(こういうケースがよく見られます・・(笑)

・・・そうすると大変なことになってしまいます。


ここで必要なのが、「他覚」・・・他人からの目ということです。

 イメージコンサルの専門家の先生に手ほどきを受けるといいと思いますが・・・

他人からのアドバイスを参考に、真似る人を決めていきます。


 こうしてみますと、センスを磨くのも人との「出会い」が鍵を握りますねー・・・

結果が全く違うものになってしまいます・・・。


「自覚」と「他覚」のバランス・・・そして「出会う人」によってセンスが磨かれますね・・・。


表面的なセンスに対し、内面的(潜在的)なセンスがあります。

I式コーチングで言うならば、表面的なコーチングスキルと、内面的(潜在的)な
コーチングセンス・・・このバランスも大切に考えています。

 内面的なセンスはいつ出てくるのか・・・何が出てくるのか・・・

それが分からないから、出てきた時の喜びがより大きくなります。

そのために、自分自身に、種を蒔き・・・肥料を与え・・・水を与え・・・光(陽)を当てていくことが大切だと思います。


さあ どんなセンスがあるのか・・・待っているのか・・・共に発見していきましょう。



「草食系男子」って何ですか? どう係わればいいのですか?

「草食系男子」って何ですか? どう係わればいいのですか?とご質問をいただきました。

「草食系男子」と言われている若者の特徴として、

小食・・・外よりも家で過ごす方を好む・・・特に彼女がいなくてもいい・・・
性格が温厚・・・親と仲がいい・・・酒はあまり好きではない(あまり飲まない)・・

 ・・・このような特徴がそう言われているようです。



しかし、このような現象は今に始まったことではありません。

このような特徴の若者を見て、「今の若者は何を考えているのかわからない」その一言でかたずけてしまう人をよくお見かけします。

しかし、私が普段若い人達と接していて思います。

きちんと話を伺うと、きちんとした価値観を持っているということ・・・。

人の話を聞いていないようでちゃんと聞いているということ。

一見、やる気がないように見えるが、実はやる気を持っている。

人間関係の価値観も実にスマートなんです。


これを「希薄」と思うか「品がいい」と思うかだと思います。

私は、彼らはより崇高な文明を持っているという風にも感じます。

ムダな争いはしない・・・動物的に異性を求めない・・・人間関係の距離感を身につけている・・・家族と理解しあえる・・・物事を冷静に判断できる・・・温厚で明るい性格・・・など。

私はそんな彼らをうらやましいと思うことがあります。

私が長年の経験と体験の苦労の中から培ったものを、彼らは本質的に持っていることに気がついたときなどです。

例えば、人間関係の距離感などがそうです。

とても仲のいい人間がいて、遊ぶ時はいっしょに遊ぶ・・・しかし自分の時間もしっかり作る(TPOに合わせた距離感を持っている)・・・こんな人間を許せないだろう・・・と思う人間でもあっさりと許すことができる・・・こんな場面に出くわした時にそう感じます。


しかし、現実的には今の価値観だけでコミュニケーションをとろうとすると難しい部分があるかもしれません。

 今の価値観で見てしまうと、「何を考えているのかよくわからない」この一言で終わってしまいます。

今の自分の価値観をニュートラルにして、彼らから学ぶという気持ちを持った方がバランスが取れると思います。

彼らの世代からすると、上の世代とのコミュニケーションが難しく、その方法を学ばねばならないと感じます。


コミュニケーションの方法は常に変化と進化が繰り返されていると思います。

今ある方法が5年ー10年後に正しいかと言えば、必ずしもそうではないと思います。

その大局的な変化を見極めながら、目の前の問題を ーing 進行形として解決していく必要があると感じます。

・・・ですからI式(I−Method )なんです・・・Innovation なんです。

私も常に変化と進化を意識しています。

それを具体的な形で表現していきたいと思います。

 


ところで、「草食系男子」に対し、それを狙う「肉食系女子」が増えているという話ですが・・・
 これについてはコメントが難しいですね・・・・(笑)


「依存」ではなく「休息」そして現実的なその1歩を踏み出すことだ大事。

「受付でお客様の対応していたら、江原さんは○※×□△こんなことを言ってました・・・と真顔でおっしゃった方がいらっしゃって・・・対処にとても困りました。こんな時にはどう対処したらいいのでしょうか?・・・」

このような質問をいただきました。

今言われている「エハラー」という現象でしょうか・・・。

・・・詳細はよくわかりませんが・・・。


先日のテレビ(オーラの泉)で江原氏自身がその答えを言われたと思います。

江原氏の言葉によると、「理論構築」・・・

「このような番組の中でい言うのは変な話ですが、スピリチュアルなことばかりにとらわれないで、現実を見ること・・・」このような主旨のお話だったと思います。

その日のゲストの奥菜恵に一喝していたシーンが印象的でした。



もし、ご質問のようにお客様からお話があったら、今のようなことをそっと言ってさしあげたらいいかと思います。

 そして、ごく一般的なお話(社会的・現実的なお話)をなさるといいかと思います。(ただし、その方のその時のお気持ちも察し、配慮してさしあげることが大事かと思います)


あくまでも今回は、「仕事」という現実的な一場面のことですので・・・。





私の立場から言えることは、2つです。

人生というキャンバスは、自分でデザインし描いていけるということ。

そして、自ら一歩(ひとつでもふたつでも・・・)行動しなければ何も変わらないし、行動することで未来が変わるということ。

人生のドラマの主役は自分自身です。

そして、今、現在、その瞬間がとても大切なことだと思います。



これまでに「依存」を繰り返してこられた方を多数拝見しました。

だいたい同じようなパターンがあります・・・その依存するものに、「善・悪」

「偽物(者)・本物(者)」「その人に必要なもの・不必要なもの」が混在しています。

これが、ますますその方を惑わす原因と結果になります。


その方々がもがきながらも最終的には、「自ら一歩踏み出す!」この具体的な行動を起した時からその後の展開が大きく変わっていかれました。



私は、ニュアンス的には、「依存」ではなく、「休息」(自分を見つめる・癒す・休める・これまでの考え方・やり方などの修正や調整そして新しい知識の吸収・発見など)この方が合うと思います。

 休息の「息」は 自らの心・・・
また、「息」にちなんだ言葉にはいろいろありますが、「息を吹き返す」
 この言葉は、「生き返る・立ち直る・よみがえる」という意味があります。


道に迷ったら、少しばかし休息をし、いつしか息を吹き返したらいいと思います。



I式コーチングのJIMCCA

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